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2012年03月21日

甲子園に残してきた最終回   岩手県立高田高校

陸前高田市の広田湾の海岸から1キロメートルの位置にあるこの学校は、津波により、校内の施設が壊滅的な被害を受けた。
その被害の凄まじさは、津波が校舎の3階にまで達し、体育館が、校舎に突き刺さるほどのものであった。

この悲惨な罹災現場の中に、ひとつの石碑が奇跡的に残っている。
作詞家、故阿久悠の詩が刻まれた石碑である。

岩手県立高田高校。

昭和63年の夏、8月10日、高田高校の球児達は、甲子園で兵庫県代表の滝川二高と戦っていた。
甲子園は、朝方からの雨が降り続き、この試合の6回を過ぎる頃には、雨脚が強くなり、滝川が9対3とリードして迎えた8回裏には、グランド一面が水浸しとなって、3時35分に試合中断、その後も天候は回復せず、遂に球審の永野元玄氏は、コールドゲームを宣告した。
このコールドゲームは、昭和7年以来、実に56年ぶりのことであった。

球審の永野元玄氏は、高校野球史上、「最高の試合」、「神様が演出した試合」と言われた昭和54年8月16日の箕島高校対星稜高校の試合など、数々の名勝負で球審を務められた方だ。
箕島対星稜戦では、延長18回の激闘の後、永野氏が、その試合で敗戦投手となった星稜高校の堅田投手を呼び止め、「もう一度グラウンドをよく見ておきなさい」と声を掛けて、試合で使ったボールをそっと手渡し、その堅田氏が十数年後には甲子園の審判として活躍する話は、あまりにも有名だ。
余談ではあるが、私自身、永野氏とは、偶然のご縁から、現在も親しくお付き合いをいただくという光栄に拝することとなり、この稚雑な文章へのお叱りに怯えるところである。

永野氏は語る。
「高田、滝川第二両校には、最後まで試合をさせてあげたかった。
複雑な想いが今も残っています。
あの試合では、勝利した滝川二高の校歌斉唱もなかったのです。
勝利チームの栄誉をたたえる場面も実現できないままの終幕となりました。」

校歌斉唱がなかったこの試合の終了後、両軍主将がホーム・プレート付近でガッチリと握手を交わしている大写しの写真が大会誌に残っているが、ゲーム・セットのせめてもの証であろうか。

「瀬戸内少年野球団」や「甲子園の詩」の著書もある阿久悠氏は、野球小僧であり、高校野球の熱烈なファンだ。
阿久氏は、コールドゲームで負けた高田高校に詩を送った。
その詩を石碑に刻んだものが、津波の中で生き残っていたのだ。

石碑に刻まれたものは、阿久氏の詩の後半の部分である。
詩中、「初陣高田高の」以下の部分が石碑となっている。

石碑にされなかった部分も含め、全文を紹介する。


コールドゲーム  阿久悠

まるで波がひいた瞬間の
渚の砂のように
鈍く銀色に光るグラウンド
マウンドはすでに泥濘で
投手のスパイクは足首まで埋まる
一投一投にポケットのロージンにふれ
雨滴のしみこんだ白球に
意志を伝えながら
いや
願いをこめながら投手は投げる
雨――
甲子園は激しい雨
悲願の晴舞台は
イメージに描いた
カッと照る太陽や 灼ける土や
のしかかる入道雲や
幻覚を誘う陽炎ではなく
ただひたすら
自らとの戦いを強いる激しい雨
黙々と耐え
胸の中に炎をかき立てるしかない

初陣高田高の
夢にまで見た甲子園は
ユニホームを重くする雨と
足にからみつく泥と
白く煙るスコアボードと
そして
あと一回を残した無念と
挫けなかった心の自負と
でも やっぱり
甲子園はそこにあったという思いと
多くのものをしみこませて終った
高田高の諸君
きみたちは
甲子園に一イニングの貸しがある
そして
青空と太陽の貸しもある

石碑になっていない前半の部分で、その日の甲子園の状況が手に取るように分かる。
野球小僧である阿久氏の細かい心の観察も分かる。

3月1日
岩手県立高田高校の卒業式。
「本来であれば、今日ここにみなさんと伴に出席し、卒業を迎えるはずであった遠藤愛実さん、佐藤春花さん、千葉舞さん、岩城直俊君、佐藤千明さん、柴田勝美さん、臼井優君、熊谷沙夕李さん、村上華さん、熊谷剛毅君、荻原健君、鈴木一昌君の12名の姿はここにありません。そしてみなさんなの旅立ちを祝ってくれるはずだった素子先生の姿もここにはありません。」
工藤良裕校長は、震災の犠牲となり、卒業できなかった生徒や教師の名を読んだ。

震災後、高田高校の生徒達は、自分達が困難な生活を続ける中、地域のボランティアを行い、道具も、場所もないところで、部活に取り組んだ。
そして、高校総体で卓球部が、過去、どうしても勝てなかった強豪校を倒して全国優勝したのだ。

阿久悠の石碑は語りかける。

「きみたちは、甲子園に一イニングの貸しがある」


今年も、甲子園に高校野球の新たなドラマが生まれる。
posted by 8ちゃん at 17:33| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月19日

65歳はまだまだ元気そうやで

希望者全員を65歳まで再雇用することを企業に義務づける高年齢者雇用安定法改正案に対し、経済界が強く反発しているらしい。
法改正案は、より長く働いてもらうことで、年金制度を維持しやすくするのが狙いで、2013年度導入を目指しているが、経済界は、一律に全員再雇用を義務づければ職場の士気が下がり、人件費負担も膨らみかねないと訴えて、反対していると言うのだ。

65歳でも70歳でも働きたい人は、働かせたったらええねん。

小泉純一郎、竹中平蔵の「派遣業推進〜女衒政策」以降、正規雇用者を減らして、非正規雇用者の賃金を「契約切るぞ。」と脅して、アホみたいに値切って、安い人件費、使い捨ての人間ばかりにしたいという、企業の魂胆がチラチラ見えるのだが、理屈抜きでも、昔と違って、人生が長くなった現在では、65歳はまだまだ元気なんじゃないか。

さて、日本の経済的停滞が語られるときには、決まって、少子高齢化が原因だと多くの人が主張する。
年寄りからすると、「年寄りは、金食い虫で、社会の敵だから早く死ね。」という主張に聞こえているのだろう。

一方、年金がアテにならず、厚労省の計算でも1956年以降に生まれた人間は、自分が支払った年金掛金を満額回収できないらしいので、それ以降に生まれた人間は、毎月、ボランティアでお金を善意の箱に投げ入れているだけなのだ。

日本をここまで成長させたのは、団塊の世代であろう。
この世代にいつまでも頼るのも申し訳ないが、高度な技術をもっているのも事実である。
したがって、ステータスやモチベーションが保てる、働き甲斐のある職場をこの世代に提供することで、就労人口も増えて、税収も増えるのだ。

企業にとっては、仕事をしないでダラダラしている65歳を職場に置きたくないのだろう。
勿論、給料の分だけは働くのが当然である。
かといって、敬老世代に真夏の営業や、重いものを運べというのも拷問である。
もっとも、一番仕事をしていないのはどこの会社でも役員連中なのだが…。

各年齢層に合った、働き甲斐のある職場をつくれないものだろうか。
posted by 8ちゃん at 16:38| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月16日

行き先はミサイルに聞いてくれ  〜北朝鮮ミサイル実験〜

北朝鮮が今日、3月16日と4月12日から16日までの間に、実用衛星を打ち上げると発表した。
北朝鮮語では、「衛星を打ち上げる。」と「ミサイル実験をする。」は同義語なのだ。

何でも、金日成の生誕100周年と金正恩の功績を祝しての発射らしい。

誕生日になんでミサイルやねん。
普通は、ケーキやろ。
ネクラブタの正恩なんか、一生功績なんかあがらんわ。
世界肥満協会のイメージキャラクターにでも選ばれたお祝いか。

北朝鮮は、人工衛星実験と称してこれまで、ミサイルを何回も公海に撃ち込んでいる。
1990年からノドンを開発して、1998年にはテポドン1号の発射実験を行っている。
2006年には弾道ミサイル(と称するもの)7発を発射して、この中にはアメリカに届いたと言い張るテポドン2号も含まれている(本当に届いてたら戦争だが…。)。
2009年にも人工衛星を打ち上げるとして、弾道ミサイルらしきものを発射した。
この2009年のミサイルは、銀河(U−HAN)2号ロケットと呼ばれるもので、北朝鮮は「3000キロも飛んだわ。参ったか。」とか「アラスカまで狙えるんやで。すごいやろ。」とか「射程距離は6000キロもあるんやで。」などと、むなしい談話を発表している。

なんと恐ろしいことか。

いや、何が怖いと言っても、一番怖いのはこれらミサイルの「恐ろしいほどの精度の低さ」である。
青瓦台を狙ったミサイルが大阪城に落ちたり、武道館を狙ったものが、高知市文化プラザに命中する可能性だってあり得るのだ。
今までの実験でも予定の半分程度しかミサイルは飛んでいないのだから。
勿論、北朝鮮としても、日本各地に派遣したジェームズ・ボンドやエックスたちから、日本のややこしい地区や人物の実態について報告を受けているだろうから、間違ってもミサイルが大阪の新今宮の駅前や中田カウスの自宅に誤射されるといったリスクは避けるだろう。

北朝鮮がミサイル、特に核弾道ミサイルに拘るのには訳がある。
北朝鮮の軍備は、兵隊さんの数は世界屈指で、正規軍が120万人、このほかに予備役が470万人いるのだ。
戦争が大好きな、あのアメリカでさえ、兵士数は137万人なのに…。
さらに、労働赤衛隊と呼ばれる普段は農業をしていて、何かあると鍬や鎌をAK47自動小銃に持ち替えるヤツが350万人もいる。
これとは別に、保安部隊も19万人用意されているのだから、もうこれは如何に語彙の豊富な私でも「ウジャウジャ」としか表現できないくらい兵隊さんがいるのだ。

これに反して、装備面は、極めて貧相な状況にある。

陸軍は、戦車や装甲車などほぼすべての装備が、旧ソ連が1950年代から60年代に使用していたものの「お下がり」だ。
しかも、ここ何年かは、燃料となる軽油やガソリンの不足で、これらを動かした形跡がない。
「イザ」と言うときには、多分、兵隊がゴロゴロと押すしかないのだ。

海軍は、陸軍と同じく装備の劣化や燃料不足で、機動力はないし、潜水艦は、日本の自衛隊の5倍近い70隻もあるのだが、この潜水可能時間が「半日」なので、すぐに敵に見つかってしまうのだから、かくれんぼもできない。

空軍に至っては、保有航空機1690機中、ちゃんと空を飛べそうなものは120機であるとの情報もある。

普通に戦ったら勝てない。
何かいい方法を考えなければ……。

そこで思いついたのが、核も含めたミサイル戦略なのである。
核を保有し、これを核弾頭サイズにまで軽量化すれば、みんな怖がってくれると考えたのだ。
しかも、これをネタに脅せば、経済援助もジャラジャラ入ってくるし……。

しかし、核開発には高度な技術力と巨額の資金が要る。
この資金の大半は、北朝鮮系のパチンコ屋が日本人からむしりとった金である。

日本最大のパチンコチェーン店、マルハンの会長である韓昌祐(HAN−CHANU)は、自分自身の言葉で、「パチンコ経営をしている北朝鮮国籍の在日は、その収益を北朝鮮へ奉仕していることは事実です。」と語っている。

因みに、この核ミサイル製造のスポンサーであるパチンコ屋、マルハンの会長の韓昌祐は、日本政府から勲三等瑞宝章を貰っているのだが、まさか本国に大金を送り続けた忠孝の精神を評価されて、叙勲された訳ではなかろう。
博打で築いた個人資産1320億円を有するこの送金男に勲章をプレゼントするのなら、南三陸町で、命を賭して、防災無線で最後まで避難を訴え、犠牲となった遠藤未希さんには、勲一等を1000個くらいあげたいのだ。

そんな金で作ったミサイルだが、技術力の不足は遺憾ともし難い。
ロシアや中国もさすがに金王朝に核弾頭付ミサイルをもたせることには反対のようだ。
しかたなく、北朝鮮は旧ソ連時代のおじいちゃん科学者の学術的遺産を基に、パキスタンからの技術導入や党幹部の子息を西側に留学させるなどして、自力開発に頼るしかなかったのである。

かくして、誕生した極めて精度の悪いミサイルが、朝鮮半島の東岸から日本、韓国、アメリカの方向に配備されているのだ。

これは、福島原発の何百倍も怖い話なのかもしれない。
posted by 8ちゃん at 16:51| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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