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2012年08月26日

大阪ミステリーゾーン(その4)

「大阪コリアタウン 猪飼野編」

「いかいの」と読む。

正確には、現時点において猪飼野という地名はない。
現在の地名では、東成区の「玉津」「東小橋」、生野区の「鶴橋」「桃谷」「中川」「中川西」「勝山北」「勝山南」「舎利寺」「田島」といった地区が猪飼野である。
つまり、猪飼野は、かなり広範囲を指す地名なのであるが、その中心は、鶴橋駅から南南東へ約1.5キロ、JR桃谷駅からだと、東に約1キロにある御幸通商店街であり、大阪で「猪飼野に行く」といった場合は、御幸通商店街界隈を指す場合が多い。

この地域は、飛鳥時代から、朝鮮半島からの移住者が多く、この付近一帯を百済郡と呼んでいた時期もあるのだ。
また、現在、生野区の中心を流れる平野川の旧名称も百済川であり、昔から、朝鮮・百済王朝の影響が強い地域であることが分かる。
日本書紀にはこの付近を「猪甘(いかい)津」とした表記があるほか、当時の朝鮮からの移住者が、豚を飼う技術に秀でていたことから、この「猪飼野」という地名がついたという説もあるのだが、今は、この付近に養豚業者はいない。

1919年に、この平野川(百済川)の大改修工事が行われた。
その頃、開通した大阪と韓国の済州島を直行で結ぶ定期船便に乗って、多くの朝鮮人が猪飼野地区に移り住んだのだ。
因みに、この船の名前は「君が代丸」と言ったそうであるから、1910年の韓国併合後の日韓両国のパワーバランスを覗わせる船名であろう。

松下幸之助が貧乏街工場を初めて持ったのがこの猪飼野であるし、鶴橋の薬局「福田薬局」で生まれた司馬遼太郎が、初めて勤務した出版社も猪飼野の「新世界新聞社」である。
和田アキ子の実家の道場「金海道場」は鶴橋にあるが、跡を継いだ実兄の道場は猪飼野にあるのだ。

昭和40年代後半、和田アキ子の実家である「金海道場」において、大同山又道というプロレスラーが修行していたが、この大同山又道の本名は高ギョンテクであり、その娘こそ、現在の北朝鮮の最高権力者である金正恩の実母である高英姫(日本名:高英子)なのである。
後に北朝鮮に移り住んだ高英姫は、平壌芸術大学を卒業し、万寿台芸術団に入って舞踊家として活動していたが、その美貌から「喜び組」に選ばれ、そこで金正日に見初められて、3番目の妻となり、そして、例のネクラブタ、金正恩を生むのである。
この高英姫の大阪での実家が猪飼野にあったのだ。

さて、この猪飼野の中心が、御幸通東商店街、御幸通中央商店会、御幸通商店街(西商店街)の3つの商店街から形成される商店街である。
鶴橋商店街のように駅前にあるわけではないから、そこへ行くには少し歩くことになる。
アーケードなどないから、体の弱い方には、この季節はお勧めできない。
因みに、「みゆき通り」という名称は全国にあり、銀座みゆき通りなどのように、天皇や皇族が行幸したことを名前の所以としているケースが多いが、この猪飼野の地に行幸されたのは、仁徳天皇らしい。

生野区の住民約12万人のうち、在日韓国・朝鮮人は約3万人であるが、日本人の中には韓国・朝鮮籍から、日本に帰化したものもおり、2005年頃までは、全国で毎年約1万人が帰化していた(現在は毎年5〜6千人程度)ので、帰化者を含む「在日系」という見方では、その構成比はさらに高くなる。
街全体が在日の文化・生活に馴染んでおり、例えば、大阪市立御幸森小学校のすぐ西隣には、東大阪朝鮮第4初級学校があって、同じ町内、隣家に住む子供達が、別々の小学校に通うといったことは「日常」なのだ。

こんな猪飼野においても、さらに、この御幸通商店街付近では、在日系の比率は高まる。
鶴橋商店街の900店舗に比べると、御幸通商店街は150店舗程度で小規模ではあるが、鶴橋商店街が、「韓国の店が多い日本の商店街」ならば、御幸通商店街は、「日本にある韓国商店街」なのだ。

百済門と書かれた門を潜ると、御幸通商店街(通称西商店街)だ。
ここから、中央商店街を経て3つめの東商店街までの約500mの間、鶴橋商店街のように複雑な迷路ではなく、一直線の商店街である。
西商店街は、比較的日本の商店街に近いが、中央や東商店街に来ると、ここは韓国なのだ。
日本語と、ハングルと、ハングルをカタカナで書いた看板がやたら目に付く。
食堂はシクタン(식당)だし、トイレはファジャンシル(화장실)だが、そんなものは覚えなくても良い。
忘れてはいけない。
ここは、日本なのだ。

とにかく、精肉店や焼肉店など食関係の店が多く、中でも、チヂミの店とキムチの店が多い。
キムチなどは、鶴橋商店街で同じものを買うよりも20%〜50%安いような気がする。
例えば、白菜キムチ1/2が300円だったりするのだ。
特売だろうか、ニラだけのチヂミは、50円で売っていた。

中央商店街まで行くと、異文化交流の家というのがあって、これは最近できたのだろうか。
韓国物産の陳列と販売をしているので便利だ。
ただし、公的な施設ではなく、韓国食材販売大手の徳山物産のアンテナショップのようである。
このあたりもご多分に漏れず、KーPOPや、韓流スター関連のグッズを売る店も増えてきている。
この商店街では、毎年11月に祭りが行われるそうだが、私は見たことがないので、コメントできない。

休日は活気のある商店街だが、路地に入ると怪しげな雰囲気もあるし、暴力団関係者も多いので、注意が必要だ。


今回の、大阪ミステリーゾーンは、今回で一旦、終了である。
今回取り上げた西成にはもう少し書く事があるし、北区中崎町や東成区の今里、西区の松島遊郭や難波の旧新歌舞伎座裏の話、大阪の暴力団事情など、記事になりそうなことはまだまだあるので、またの機会に書いてみたい。

この記事を読んだ何人かが、大阪へ行ってみようと思っていただけたであろうか。
posted by 8ちゃん at 15:41| Comment(23) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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