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2012年09月11日

大阪ミステリーゾーン(その7)

「難波界隈編 昼のミナミ・夜のミナミ 3」

難波も夜の10時を過ぎると、場所によっては雰囲気が変わってくる。
夕方の4時や5時に出勤する種類の人たちが活動を始めるのだ。

そのうちの1種類は、暴力団員だ。
暴力団事務所などは、月例会以外は、電話番の若手以外に当番幹部が顔を出すのは午後5時ごろだ。
暴力団事務所は、月例の例会が通常は毎月13日にあるものが多いのだが、その例会以外は、組事務所へ顔を出すのは、電話番以外は当番幹部だけで、その他の幹部連中は出社(?)が義務付けられてはいない。
毎年、12月13日がこの業界(芸能界もそうだが)の「事始め」という重要な行事なのだが、それに習って毎月13日を例会としている団体が多いのだ。
この12月13日と言うのは、「鬼の日」と言って、何をするにも縁起のよい日なのだそうだ。
因みに、京都の祇園や先斗町などの花街でも、12月13日には、舞妓はんや芸妓はんが、置屋のおかあはんや、井上流の八千代家元など師匠筋のところといった、普段お世話になっている人のところへ挨拶に廻るが、この場合の12月13日は正月であり、このときの挨拶は「おめでとさんどす。」なのだ。

名所案内というわけでもないが、難波の暴力団事務所の中では、相合橋の筋を30mほど北にあがった辻を西に入ったところが、山口組総本部長の宅見組の組事務所(本部)だ。
ところで、暴力団の本部などは「組事務所」というが、別に、眉毛のないクリカラモンモンのおじさんたちが、電卓など打ち込んでいるわけでもないのに、何故、事務所と呼ぶのか不思議なのだが、まあ、そんなことはどうでもよい。

宅見組本部は、白いパネル壁に、「宅見」と大きく書かれているので、すぐに分かるが、あまりジロジジロと前で見ていると、電話番の若中が出てくるので注意が必要だ。
暴力団事務所は暴対法で看板が規制(威圧行為)されているが、ここは先代組長(宅見勝:新神戸オリエンタルホテルで射殺)の自宅という位置付けなので、堂々と「宅見」と書けるのだ。
この近く、堺筋を越えた島之内町には、先代組長であった宅見勝の愛人が経営するステーキハウス「瀬里奈」(同名の料理屋とは別)があるが、この宅見勝の愛人というのは西城秀樹の実の姉である。

南海通りには、山口組系の名門、南一家があったが、去年の秋に解散している。
南海通りをグランド花月へ右折せず、20mほど直進した右側、焼き鳥屋「大蔵」の隣なのだが、ここがなかなかユニークだ。
先代の平山組長の時代に「平山」と書かれていた大きなプレートがあったが、最近では壁にひらがなで「みなみ」と可愛く書かれたプレートがはってあるのだ。
しかも、色は淡いピンク色だ。
知らない人がファンシーグッズでも売っている店かと勘違いして入らないか心配なのだが、中にいるのは、間違いなく頭がファンキーな怖いおにいさんなのだ。

宅見組の中心組織である勝心連合は、御堂筋の西側にあるが、看板は、勝心企画である。
その北側には、独立組織であった酒梅組の大きなビルがあったが、今は西成に本部を移している。
こうして書くと、大阪はヤクザだらけじゃないかと思われるが、ヤクザの人口密度においては、東京の新橋の方がかなり高いのだ。
東京のヤクザのスーツが、ビジネスマンと変わらないのに対し、大阪のヤクザの服装が若干派手なので目立つだけなのである。

彼らとて、シノギといわれる金儲けをしないと喰ってはいけない。
最近では、暴対法のためにシノギは苦しいようだ。
工事現場の警備会社を実質経営して、ゼネコンなどに押し込んだり、現場作業員を供給したりして人材派遣でシノいでいる他、株や金融先物で利益を出している暴力団も増えてきた。
山口組では建前上はご法度の覚醒剤に資金を頼る組関係者も多い。

チンピラクラスのヤクザは、上司(兄貴分など)の命令によるノミ行為など違法賭博の集金や、金融業の手伝いで一日中忙しい。
集金を兄貴分に渡したら、1万円程度の小遣いをもらって、パチンコに行く。
10万円集金しても、100万円集金しても貰えるのは1万円程度だ。
幹部は幹部で、上層部に上納金を納める必要があるからだ。
ヤクザの集金システムは、襲名や葬式など義理がけを除けば、裏千家や未生流と同じ、ネズミ講型上納金制度なのだ。

チンピラは、パチンコに勝つときもあるが、大抵負けて、金がなくても呑める飲み屋に向かう。
暴対法が効果を出してきて、飲み屋からミカジメ料は取れなくなったが、特定の店では、ヤクザが飲みに行っても金はとられない。
店側もトラブルの時にこんなチンピラが役に立つとは思っていないが、店で暴れられるよりはマシだと思っている。
だから、酒かビールを1本と、アテ1品程度をタダで提供するのは、慣習になっているのだ。
新歌舞伎座裏や日本橋1丁目交差点付近の飲み屋で、カウンターの端や隅のテーブルで一人で飲んでいる目つきの悪い若い衆はこのケースが多い。
幹部暴力団は、見栄もあって、女を連れて寿司屋や焼肉屋からクラブへと同伴する。
実態は、懐は火の車でも、人に弱みは見せないのが、彼らの美学だ。

暴力団の中には、「女」で喰っている者も多い。
難波の夜の次の登場者は、そんな夜の女達である。

次回へ続く。

posted by 8ちゃん at 17:25| Comment(20) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月10日

大阪ミステリーゾーン(その6)

「難波界隈編 昼のミナミ・夜のミナミ 2」

難波の夜は明るい。
高島屋やマルイの明かりが消えても、朝まで光と人通りは絶えないのだ。
ミナミ地区に約1万軒あると言われる飲み屋も、最近では同じ店舗を時間シェアしているものもあり、5時から9時までは居酒屋で、9時からはショットバーといったところもあるため、相対的に営業時間は長い。

難波を中心とするミナミエリアは、幾つかの特徴をもったブロックに分けられる。
大阪は南北の道を「筋」という。
御堂筋や堺筋、四ツ橋筋などがそうである。
東西の道は、「通り」である。
中央大通りや千日前通りである。有名な道頓堀も東西に伸びる堀である。

このうち、東は堺筋、西は四ツ橋筋、北は周防町、南は日本橋3丁目のなんさん通りあたりまでが、広義のミナミなのだろう。

このように書いても大阪に詳しい人以外にとっては、「なんじゃそれ」程度にしか感じないだろうが、説明するのも面倒なのでこのままいきたい。
千日前通りの南側は、居酒屋を中心にしたエリアである。
北側は、水掛不動さんのある法善寺横丁や道頓堀あたりまでが、居酒屋で、それを越えてすぐ北の宗右衛門町(ソエモンチョウ)、三津寺(ミッテラ)あたりが、クラブやスナックといった業種のエリアである。
ただし、最近の宗右衛門町は、中国人や韓国人経営の店が増えている。

元々の宗右衛門町界隈は、南地(ナンチ)といって、能舞台も備えた高級料亭であった大和屋を中心に、すし屋や鰻屋、小料理屋などが道頓堀に面した客室を売り物に、道頓堀の水面を見ながら酒を飲むといった風流な場所であった。
最盛期には、芸者も200人を数えたという。
その芸者さんたちが引退後に小料理屋や和風スナックなどをしていて、地域全体に何か「連帯感」のようなものがあったのだ。
それが、大阪市の無秩序な行政が、風俗店や韓国パブなどを野放しで認めたから、客足は引いて、大和屋も廃業して、今は跡地にグランビスタという名のホテルができている。
名物女将だった阪口純久(キク)さんは、大阪の政財界の大御所に愛され、墓の中までもっていかねばならない話も随分と聞いたのだろうか。
当時の名残として、本二鶴(ほんにかく)という、まさに芸術的な茶巾寿司の店が、昔と同じ場所(ホテルの北側)に残っているのは嬉しい。

このあたりに星の数ほどあるスナックも、若い客は来なくなり、おじさんたちが細々と売上に協力しているようだ。
時代とともに、繁華街も姿を変えていくのである。

周防街の辺りは、何故かニューハーフの店が多い。
オカマやゲイが北区の堂山、浪速区の恵美須町、難波の新歌舞伎座裏に集まっているのとは異なり、有名な「冗談パブ」のようなショーを中心とするニューハーフビジネスが盛んだ。
最近では、何故かニューハーフになりたい若者が急増しているらしく、このような店に雇ってもらえるのは別嬪さん(?)だけのようである。

少し下ると道頓堀だ。
元々、道頓堀には、浪花座・中座・角座・朝日座・弁天座という5つの芝居小屋や寄席があったが、今はひとつも残っていない。
名前を残した商業ビルはあるものの、昔の名残はない。

今の道頓堀は、観光客の町と割り切って、そこをさらに少し下ると法善寺横丁だ。
「横町」ではなく「横丁」なのだ。
細い石畳の路地の東側には三代目桂春団冶の手による看板が、西側には藤山寛美のものが架かっている。
二人とも、大阪を語るには外せない芸人だ。
北接する旧中座の解体工事において、ガス爆発が起こり法善寺横丁もほぼ全焼した。
そのとき、市民は寄付金を持ち寄って、法善寺の再興を願ったのだ。
法善寺横丁の道幅は、2.7メートル。建築基準法上は4メートル必要なのだが、この2.7メートルの道幅が、まさに横丁の命なのだ。
大阪市も特別にこの道幅を認めるという粋な配慮をしているのだ。

法善寺横丁の一番奥、西端に水掛不動さんがある。
法善寺である。
西向き不動というお不動さんがおられて、その身体に水をかけてお参りすることから、水掛不動さんと呼ばれる。
縁結びや恋愛成就、商売 繁盛にご利益があるそうなので、大阪へ来たら是非、お参りしていただきたい。

水掛不動さんの南西隣は、夫婦善哉という、ぜんざい屋さんだ。
この善哉は、変わっていて1人前を注文しても、ちょっと小ぶりな椀が2つ出てくる。
これが「夫婦」という謂れである。
織田作之助の同名小説のモデルとなった店であるが、善哉など、久しく食べていない方には、懐かしい味に浸ってもらおう。

今回、夜の話を書く予定が、またしても健康的な話になってしまった。
次回は何とか夜の部へと移りたいと考えている。

次回に続く。
posted by 8ちゃん at 16:25| Comment(10) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月07日

大阪ミステリーゾーン(その5)

「難波界隈編 昼のミナミ・夜のミナミ 1」

このシリーズは、もうちょっと休憩しようと思っていたら、某先輩から「次がまだのようやな。」という脅迫事件として十分立件可能な「つぶやき」が聞こえてきたので、また、暫くはお付き合いいただきたい。

難波である。

ひらがなで「なんば」と書いた方が柔らかくて良いのだが、ここでは漢字の「難波」でいこうと思う。
難波の地名の由来は、波が速く(波速)船の航行が難儀だったという説が一般的である。しかし、内海である大阪湾の波がいつも高かったとは考えられない。
大阪湾が難波なら、玄界灘や室戸沖は、「大難波」とか「鬼難波」とかになっていないとおかしいのだ。

それはさておき、大阪の繁華街は沢山あるが、その代表的なものが、梅田を中心とする「キタ」と難波を中心する「ミナミ」である。
キタが、会社関係者などの背広組を中心に、上品な客筋であるのに対し、ミナミは、カジュアルな「気楽な街」という位置付けだ。
大阪名物の「ヒョウ」もミナミを中心に生息しているのだ。

難波は、大阪地下鉄、近鉄、南海、JR(湊町)といった交通機関が集まり、高島屋本店やマルイ、なんばパークスといった商業施設が集まる街である。また、吉本興業の本拠地である「なんばグランド花月」や最近では、NMB48劇場といった興行施設も賑わっている。
つい最近までは、新歌舞伎座という大箱の劇場もあったが、これは上本町6丁目に移転してしまった。

週末どころか、平日でも多くの人が行き交い、活況を見せている難波であるが、若い購買層は、新しく出来た阿倍野のQ,sモールなどへ流れているのか、最近目立つのは中国からの観光客である。

それでも、難波には、阿倍野などにはない街の広がりと深さがある。

高島屋、マルイ、なんばパークスなどで買い物をしたら、街を歩いてみよう。

難波のランドマークは今でも高島屋だ。
高島屋の正面玄関は、デートなどの待ち合わせの場所に選ばれる確率は極めて高い場所である。
大阪のデパートでは、東京の三越がそうであるように、高島屋のステータスは高い。ちょっとした進物など「バラの包装紙」だと先方に対して失礼がないのだ。
大丸百貨店がそれに続くが、阪急百貨店や阪神百貨店は格下だ。ましてや、近鉄百貨店に至っては、大阪国民は、百貨店として認めず、スーパーマーケットだと思い込んでいる人が多いのだ。

高島屋の東側から伸びる南海通り商店街の入り口に来ている行列は、リクローおじさんのチーズケーキだ。
ここはいつも行列が出来ているのだが、列に並ぶのが大嫌いな大阪国民は、並んでいる連中は全員中国人だと思っている。因みに、この店は元々は西成区の千本北というところににあったのだが、西成生れであることを隠すためか、本社所在地も難波に移転している。

まあ、このようなミーハーな店は通り過ぎて、20メートルも歩くと、角には、「二見の豚まん」がある。
大阪では「肉まん」とは言わない。「豚まん」である。
大阪国民にとって、「肉」とは牛肉のことなのである。
東京へ出張して、肉じゃがに豚肉が入っているのを発見した大阪国民は、「なんじゃ!これはー!」と言って机を蹴り上げるのだ。

この「二見の豚まん」は、551の蓬莱に比べて中身が多いし、味も間違いない。
唯一の難点は、ひとりで売ってるおばちゃんが、どんくさいため、客が多くなると捌ききれずに、自分自身が熱々の豚まんで、火傷したりするのだ。
この豚まん屋を左に曲がれば、昭和4年建築の精華小学校の跡地があるのだが、今日はまっすぐ歩くことにしよう。

「KYOICHI」という北鮮系の大手パチンコ屋を右に廻ると、なんばグランド花月になる。
入場料が年々上がって、今では1F4500円、2F4000円だ。
これが出来る前の「なんば花月」の頃は、1200円だった。
昔の花月は、平日はガラガラで、後ろの方の席では若いカップルが、濃厚なラブシーンの実演をしていたため、客全員が、吉本新喜劇などそっちのけで後ろを向いていたこともあったのだ。
グランド花月の手前に「わなか」というたこ焼きがあり、最近はエライ人気なのだが、8個で400円、12個なら550円である。
大阪国民の考えとしては、たこ焼きが1個50円は高いやろと思うのだが…。
因みに、味は「普通」であるし、たこ焼きやなんか、そこらじゅうにあるので慌てることはないのだ。

なんばグランド花月を左に見てまっすぐ歩くと、道具屋筋だ。
厨房器機から、看板、割烹着や店のデコ商品まで何でも売っているのだ。
ちょっと高級な庖丁から焼肉やお好み焼きの無煙コンロつきテーブルまで、何でも揃うし、展示用の食品サンプルの店などは、外国人観光客などに、みやげ物として人気があるからだろうか、昔は2軒しかなかったが、最近行くと4軒になっていた。
商店街への加盟店舗数は、52店舗だが、付近には、粉もん専門の食材店などもあり、興味のある人には、退屈させないのだ。
毎年、10月9日には、道具屋筋まつりがあって、食品サンプル作りなどの実演もあるので楽しい。

道具屋筋を抜けると、「なんさん通り」という道を東に向えば、大阪の台所、黒門市場へと道は続くのだ。

さて、ここまでは、実に、健康的で明るい大阪案内であった。
「なんや、普通やん」
と、ご不満をお漏らしの、あなた。
次回からは、夜の難波をご案内しよう。


次回へ続く
posted by 8ちゃん at 15:13| Comment(22) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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