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2012年12月27日

私たちは悪くない

日本中が寒さに震えていた12月26日、高校生が乗るボートが強風で転覆した。
千葉県東庄町の黒部川で、9つの高校の強化合宿中だった生徒のボートが相次いで転覆して、生徒18人が厳寒の川の中に放り出され、そのうち6名が病院に収容されるという事故があった。
この凍えるような寒さの中で、生命にかかわる事故とならなかったのが不思議なくらいだ。

気象庁銚子地方気象台の話によると、この日は付近で最大瞬間風速13.4メートルの強風を観測していた。
強風注意報こそ出ていなかったものの、突風が吹く可能性があったという。

実際にこの事故現場と同じ黒部川の上流で練習していた別のグループは、強風のため練習を中止したことで難を逃れている。

この練習を千葉県教育委員会から、委託されて指導していた、千葉県のボート協会は、記者会見を開いた。
しかし、そこで出てきた言葉は、謝罪など一切ない保身のための話ばかりなのだから、呆れてしまう。

@ 9時に練習の開始時には、風や波の状態は悪くなかった。
A 練習中に風が強くなってきたので、練習を中止したが、タイミング的には適切だった。
B 風も波も急激に強くなったもので、事故は予測は出来なかった。

要約すれば、すべて「私たちは悪くない。」と言うためだけの記者会見だったのだ。

アホか。

この日は早朝から風が強く、波も高かったので、地元の漁師は出漁を取りやめている。
少々の波や風をこなす漁師でさえ、漁が出来ない状況なのに、「風や波の状態は悪くなかった。」などと、どの口で言うのか。
コイツらは、サンディ並みの台風でも来なければ、「悪い」状態とは言わないのか。
本当に問題がないと言い切るのなら、お前らがまず先に、やらんかい。

しかも、コイツらが、生徒に練習をやめさせた理由は、10時15分ごろに、練習している生徒のボートのうち、2艇が転覆したからである。
この2艇の転覆がなかったら、コイツらは、いつまでも生徒を練習させていたのだろう。
何が、「適切だった」だ。

風や波が急に強くなったなどということが真っ赤な嘘(この場合の「赤」は「明らか」と言う意味らしいが…。)であることは、前述したように漁師が朝から出漁を取りやめていることからも明白なのだ。
こんな嘘つきの先祖は、「狼が来たぞ〜」と嘘をついて村人を困らせていたに違いないのだ。

結局、コイツらは、教育委員会から練習のスケジュールを狂わせたくないという理由だけで、危険を認識しながら、生徒たちを川に投げ込んだのだ。
しかも、そんな危険な状態であるのにもかかわらず、生徒たちには救命胴衣を着用させてはいなかったのである。
こんなエエ加減なヤツらは、カリブ海に裸で放り込んで、サメとバトルさせればよいのだ。

この種の事故は、今回が初めてではない。
平成22年6月に、愛知県豊橋市の中学生20人が乗った訓練用手漕ぎボートが、転覆して、当時12歳の女子中学生が死亡しているのだ。
この愛知県での事故当時も、現場は大雨、強風、波浪の各注意報が出されていたが、その中で練習をしていたのである。

愛知県の事故は、被害者が豊橋市などに対して、損害賠償請求訴訟を提起して、市側が責任を認める形で和解が成立している。
しかも、この事故を検証した国土交通省の運輸安全委員会は、調査報告書の中で、悪天候時の中止基準がマニュアルに定められていなかったことが原因だと指摘しているのだ。

そして、その指摘を受けた日本ボート協会は、平成11年に、安全マニュアルを作成しているが、それによると、今回転覆したのと同じ、シングルスカルタイプの艇は、風速が4〜5メートルを超えると危険であると書いてあるのだ。
今回の事故現場の朝からの風速は13.4メートルである。

今後、捜査当局がこの事故は事件性があるとして捜査するようだが、委任者の教育委員会と、受任者のボート協会における責任の所在も明文化されたものはないようであるから、またぞろ、アホ同士の責任の押し付け合いが始まるのだろう。

学校もスポーツも、アホを指導者にすると、こんなことになるのだ。
posted by 8ちゃん at 14:48| Comment(34) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月26日

大晦日から正月の風景(2)

深夜に除夜の鐘をテレビで聴く人もいれば、初詣に出かける人もいる。
電車などの交通機関は、大晦日から元旦までは終日営業なので、ちょっと遠くの有名寺院などは、深夜でも人でいっぱいだ。
不況のときほど、参拝客は多いそうであるから、ここ何年かは大変な人出なのだろう。

さて、正月というのはいつまでなのか。
官公庁が1月4日から仕事を始めるので、1月3日までが正月なのだろうか。
松の内という言葉もある。
1月の15日に松飾などを焼く「とんど」という儀式があって、この火で昔は鏡餅を焼いて善哉などにして食べたのだが、これは関西だけだろうか。
最近では、1月7日にこの行事をして、七草粥などというものをつくるらしいが、私はこのような雑草の類は食べたことがない。

昔は、正月といえば店舗は休みのところが多かったので、家にあるものを食べるしかなかった。
餅など、正月意外に食べると結構旨いのだが、正月に餅ばかり食べていると飽きてくるのだ。
最近では、元日から開いている店も多いので、何の不自由もないのだが、正月くらいは従業員にも休みをあげればよいのになどと考えてしまう。

デパートなどでは福袋と称する何が入っているか分からない袋入りの商品を販売しており、客が競うようにこれを買っている様子がテレビに映し出される。
きっと、この福袋は、売れ残りの商品をバルクセールで売り尽くそうという、デパート側の邪悪な陰謀が潜んでいるに違いないのだが、日本人は福袋には弱いのだ。

子供のころは、朝起きると枕元に、母親が置いたであろう新品の下着や服が置かれており、サンタクロースに縁がなかった私にとっては、嬉しい瞬間でもあった。
元旦のかまどの火は、家長である父親がつけるのが慣わしで、ガスになってからもこの儀式は続いていたように思う。
元旦の朝食は、おせち料理が並んでも、まずは雑煮である。
関西は丸餅を焼いて白味噌仕立ての雑煮が一般的だと思っていたのだが、最近になって、雑煮の餅を焼くのは関西では少数派であるらしいとの情報もあって、大変な衝撃を受けているのである。

父親が「新年おめでとう。」と言って、家族が年始の挨拶をした後、最初に焼き鯛に父親が箸をつけて、鯛を食べるのかと思ったら、食べるのは雑煮である。
この詐欺のような儀式は我が家だけなのだろうか。
本格的におせち料理を食べるのは、昼飯以降なのである。
まあ、その前にはお年玉という、子供にとっては1年を通じて最大の大イベントがあるので、機嫌は良いのだが…。

10時ごろになると年賀状が届く。
子供のころは殆どが父親宛で、たまに自分宛のものがあると嬉しいのだ。
お年玉つき年賀状は、その原型が昭和24年からあるらしいので、かなりの歴史である。
ちなみに、第1回の商品は、特賞がミシンで、1等が純毛洋服地、2等が学童用グローブで、3等(3等までしかない)が学童用のこうもり傘であったらしい。
当時としては、破格の高額商品である。

外へ出ると、門松を飾る家も沢山あったし、門松がなくても、各家の玄関には注連縄飾りがあった。
子供の遊びは、ゲイラカイトではない竹ひごと紙の凧揚げやコマ回しだし、女の子は羽根突きだ。
屋内ではカルタや百人一首、福笑いに双六もあった。
外を飛び回る子供たちはいくら寒くても、半ズボンで、たいていの子の膝は転んだ傷がついていて、治療薬は必ず赤チンである。
赤チンが乾いて緑金色にテカテカ輝いていたのだ。
寒さで膝が白い粉を噴いている子もいた。

そんな正月はどこへ行ってしまったのだろう。
何か、「12月31日の翌日」になってしまっているような気がしてならない。


posted by 8ちゃん at 15:28| Comment(13) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月25日

大晦日から正月の風景

今年もあと数日である。
それにしても、ここ数年、1年があっという間に過ぎ去っていくように思えてならない。
まさか、誰かが世界中の時計を2〜3時間づつ早回ししているのではないかと疑ってしまうほど、時間の経過が早いのだ。

さて、今まで生きてきて、何回、この年末と年始という行事を繰り返してきただろう。
とはいえ、年末や正月の風景も時代とともに随分と変わってきたものだ。

まずは、年末である。
年末に手紙を書くと、書き出しは、「師走に入り、ますますご多忙のことと存じます。」となり、結びは「年末に向けご多忙のことと存じますが、健康にお気をつけてお過ごしください。」などとなる。
とにかく、12月は忙しいと決まっているのだ。

師走は、「師」が「走る」のであるから、普段エラそうにしている人が、ちょこまかと走り回るのであろう。
この場合の「師」とは医者とか坊主とか諸説あるらしいのだが、まあ、そんなことを考える時間もないくらい忙しいのが師走なのだから、ここは、師走に敬意を表して詮索しないでおきたい。

さらにお、12月も月末ともなると、昔は各家庭で大掃除なるものが行われる。
春や秋の気候の良いときに掃除すればよいのにと考えるのだが、正月という神聖なものを迎えるためには、どうしてもこの寒い季節に掃除が必要なのだ。

今でも、大掃除をしている家庭も多いのだが、最近では道を歩いていても障子や玄関の戸を外して水洗いしている家は見かけない。
だいたい、どの家も玄関はドアになっているから、簡単には外せないのだ。
もし、マンションのドアなどを外していたら、管理人が飛んできて注意されるのが落ちだろうし、今の家の中には張り替えるべき障子などないのだ。
家の建具に「紙」という素材を使用する日本独特の文化は、子供が障子に穴を開けたとき、その罪を猫に擦り付けるという、冤罪の温床となっていたのだが、今は、障子が少なくなったので、猫も再審請求などしなくてよいのだ。

大掃除が終わると、正月のおせち料理用の材料買出しや、餅の準備も必要だ。
餅は、ウチは田舎だったので、親戚の分も含めて本家でつくから、それを貰えばよかった。そんな風習のない都会では、巡回して餅をついてくれる「賃つき屋」なるものがあったようだ。
杵などの道具一式をもって家々を回ってくるのだが、もち米は各過程で用意して、持ちつき代金としてお金かもち米で支払うシステムだ。

年末の買い物は、おせち料理に使う縁起物の食材や正月の雑煮の材料なんかを買うのだが、年末は普段の価格の倍くらい物の値段が高騰している。
そんな高いものを買わなくても良さそうなものなのだが、これが不思議に良く売れる。
今は、正月から開店しているスーパーなどもあるので、客は減ったのかと思いきや、相変わらず、年末に高い食材を買っている風景は変わらない。

さらに、この食材の調理は、12月31日の大晦日の深夜まで続くことがある。
祖母、母親といった女性軍は、紅白歌合戦を見るヒマもない。
女性は大晦日は忙しいのだ。
紅白歌合戦の紅組が、29勝33敗と負け越しているのも仲間由紀恵のせいではなく、年末は女性が忙しいからなのだ。

最近では、おせち料理は買うものらしい。
不景気と言われながら、何万円もするおせち料理の重が、よく売れているらしいのだ。
実にもったいない。
その金で、正月から開店している焼肉屋にでも行けば良さそうなものだし、重箱にご馳走が綺麗に並んでいるのは、数分間だけだろう。

しめ飾りをして、紅白歌合戦のあとにつづく、「ゆく年くる年」という番組を観ている間に新年がやってくるのだ。


次回「正月」に続く

posted by 8ちゃん at 16:31| Comment(12) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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