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2012年12月26日

大晦日から正月の風景(2)

深夜に除夜の鐘をテレビで聴く人もいれば、初詣に出かける人もいる。
電車などの交通機関は、大晦日から元旦までは終日営業なので、ちょっと遠くの有名寺院などは、深夜でも人でいっぱいだ。
不況のときほど、参拝客は多いそうであるから、ここ何年かは大変な人出なのだろう。

さて、正月というのはいつまでなのか。
官公庁が1月4日から仕事を始めるので、1月3日までが正月なのだろうか。
松の内という言葉もある。
1月の15日に松飾などを焼く「とんど」という儀式があって、この火で昔は鏡餅を焼いて善哉などにして食べたのだが、これは関西だけだろうか。
最近では、1月7日にこの行事をして、七草粥などというものをつくるらしいが、私はこのような雑草の類は食べたことがない。

昔は、正月といえば店舗は休みのところが多かったので、家にあるものを食べるしかなかった。
餅など、正月意外に食べると結構旨いのだが、正月に餅ばかり食べていると飽きてくるのだ。
最近では、元日から開いている店も多いので、何の不自由もないのだが、正月くらいは従業員にも休みをあげればよいのになどと考えてしまう。

デパートなどでは福袋と称する何が入っているか分からない袋入りの商品を販売しており、客が競うようにこれを買っている様子がテレビに映し出される。
きっと、この福袋は、売れ残りの商品をバルクセールで売り尽くそうという、デパート側の邪悪な陰謀が潜んでいるに違いないのだが、日本人は福袋には弱いのだ。

子供のころは、朝起きると枕元に、母親が置いたであろう新品の下着や服が置かれており、サンタクロースに縁がなかった私にとっては、嬉しい瞬間でもあった。
元旦のかまどの火は、家長である父親がつけるのが慣わしで、ガスになってからもこの儀式は続いていたように思う。
元旦の朝食は、おせち料理が並んでも、まずは雑煮である。
関西は丸餅を焼いて白味噌仕立ての雑煮が一般的だと思っていたのだが、最近になって、雑煮の餅を焼くのは関西では少数派であるらしいとの情報もあって、大変な衝撃を受けているのである。

父親が「新年おめでとう。」と言って、家族が年始の挨拶をした後、最初に焼き鯛に父親が箸をつけて、鯛を食べるのかと思ったら、食べるのは雑煮である。
この詐欺のような儀式は我が家だけなのだろうか。
本格的におせち料理を食べるのは、昼飯以降なのである。
まあ、その前にはお年玉という、子供にとっては1年を通じて最大の大イベントがあるので、機嫌は良いのだが…。

10時ごろになると年賀状が届く。
子供のころは殆どが父親宛で、たまに自分宛のものがあると嬉しいのだ。
お年玉つき年賀状は、その原型が昭和24年からあるらしいので、かなりの歴史である。
ちなみに、第1回の商品は、特賞がミシンで、1等が純毛洋服地、2等が学童用グローブで、3等(3等までしかない)が学童用のこうもり傘であったらしい。
当時としては、破格の高額商品である。

外へ出ると、門松を飾る家も沢山あったし、門松がなくても、各家の玄関には注連縄飾りがあった。
子供の遊びは、ゲイラカイトではない竹ひごと紙の凧揚げやコマ回しだし、女の子は羽根突きだ。
屋内ではカルタや百人一首、福笑いに双六もあった。
外を飛び回る子供たちはいくら寒くても、半ズボンで、たいていの子の膝は転んだ傷がついていて、治療薬は必ず赤チンである。
赤チンが乾いて緑金色にテカテカ輝いていたのだ。
寒さで膝が白い粉を噴いている子もいた。

そんな正月はどこへ行ってしまったのだろう。
何か、「12月31日の翌日」になってしまっているような気がしてならない。


posted by 8ちゃん at 15:28| Comment(13) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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