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2013年04月16日

三國連太郎


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三國連太郎が死んだ。
90歳である。
考えれば、息子の佐藤浩市が52歳なのだから、それくらいの歳になっていても当然なのだろうが、俳優という稼業は、我々庶民に年齢という概念を与えないらしく、概ね俳優は年齢不詳なのである。

徴兵を逃れて脱走までしたという三國自身の凄まじいまでの戦争体験から、反戦をテーマにした作品に力を入れていた三國であるから、安倍晋三首相の趣味には合わないだろうし、国民栄誉賞はなさそうである。

この三國連太郎という人間については、ひとの好き嫌いが分かれる俳優である。
熱心なファンもいれば、どうもあの重苦しい演技が苦手だと言うひともいる。
私生活での乱れを理由に毛嫌いする人もいるのである。
しかし、90歳になるまで、撮影の現場が求める俳優であったことは間違いない。

晩年の三國は、釣りバカ日誌での「明」のイメージが強いが、俳優生活を通しての個性はその彫りの深い風貌どおりに「濃」や「激」そして「執」であったように思う。
役者としてのこだわりは人一倍だったようだが、家庭人としては佐藤浩市が言うように不適格者であった。

結婚は4回を数えるが、いずれも破局を迎えている。
佐藤浩市が小学生の時に離婚したのは3人目の妻である。
それほど家庭を犠牲にするのなら、はじめから結婚などしなければ良いと思うのだが、この世代としては異例の181センチの長身と、彫りの深い顔立ち、スクリーンで魅せる激しい演技と私生活での女性への優しい接し方に、大きなギャップがあり、そんな三國に惹かれる女性も多いのも事実だ。
太地喜和子との熱愛は三國本人も認めているし、有馬稲子や釣りバカ日記の共演者であった石田えりとの関係も噂になったことがある。

しかし、三國にとって太地喜和子との愛だけは本物だったようで、後日、「今までで、惹かれた女優さんは一人だけです。太地喜和子さんだけです。」と話しているし、太地喜和子のもとを逃げ出した理由を太地本人に聞かれたときは、「あなたの身体にひれ伏すことがイヤだった。」と答えている。


佐藤浩市は、三國の死に際して涙は出なかったと答えている。
しかしその風貌には、間違いなく三國の遺伝子を見て取れるのである。


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posted by 8ちゃん at 15:57| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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