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2013年07月30日

カネボウだけが悪いのか


カネボウ化粧品(子会社のリサージ、エキップも含む)が販売する化粧品のうち、ロドデノールという成分が配合された製品を使用したら、肌がまだら模様に白くなるという被害が拡大している。

カネボウでは、この化粧品の使用中止を呼び掛けるとともに、自主回収を行なっているので、自分の周りの化粧品をチェックしておこう。
子会社の製品などは、「カネボウ」の文字が入っていないものもあるので、注意が必要だ。
http://www.kanebo-cosmetics.jp/information/

現時点でも、重い症状の者だけでも2,250人との発表だが、何をもって、症状が「重い」とか「軽い」とか言うのか。
女性の顔や肌というかけがえのないものの症状に、「重い」も「軽い」もないだろう。
この化粧品を使用した消費者の中には、現時点では症状が出ていなくとも、不安な日々を送っているものもいるはずだ。

このカネボウの事件については、最初に被害が報告されていた2011年ころから真摯に対応して、「被害のおそれがある」という段階で自主回収も含めた対応をしておれば、被害は拡大しなかったという指摘も強い。
アジアを中心に海外での販売数量も相当数に達するらしいので、カネボウだけでなく、安全を売り物にしていた日本の製品についてのブランドイメージが、大きく毀損されたことは間違いないだろう。

消費者庁は、この商品を購入しないよう呼びかけているらしい。

ちょっと待て。

元々このロドデノールという成分は、国がその安全と有効性を認めた医薬部外品ではないのか。
カネボウのHPにも、ロドデノールについて、「様々な安全性試験を実施して厚生労働省より薬事法に基づく承認を得た、医薬部外品有効成分です。」と書かれているではないか。

自ら「安全だ。」とお墨付きを与えた責任者である国が、障害を引き起こしたとたんに、「危険だから使うな!」はないだろう。

元々、化粧品の製造に関しては、2001年までは、薬事法に基づく厳しい国の認可基準があったが、2001年に規制緩和の名の下に、この規制を大幅に緩和して、各化粧品メーカーが自由に製造販売できるようになっている。
今回は、化粧品の中に有効成分として、ロドデノールが配合されており、このロドデノールが、医薬部外品に該当するから、国(厚生労働省)は、審査して認めたという経過があるのだ。

このような身体に作用する薬などを規制する法律が、薬事法だ。
薬事法とは、医薬品(病院で処方せんを書いてもらう薬や、薬局で売っている大衆薬など。)、医薬部外品(有効な成分は入ってるが、効果が穏やかなもの。)そして、化粧品(医薬部外品よりもさら効果や作用が穏やかなもの。)などについての製造から販売までの規制を行なう法律である。

医薬部外品は、確かに医薬品に比べて、実験サンプル数はやや少ないものの、例えば、何か新しい医薬部外品を認めてもらおうとする場合、実務的には、製造会社は、新薬などと同じように「医薬品医療機器総合機構」に対して、試験的な使用結果などを記載した申請書を提出して、機構が安全性や有効性の審査を行い、結果、安全性や有効性が確認されれば、厚生労働大臣が医薬部外品として認可するのだ。
その申請から認可までに要する時間は、医薬品とあまり大差ないのである。

こんなことをみていくと、今回のカネボウの対応が後手、後手になっていることと同じように、このロドデノールを認可した厚生労働省の罪は重いと考えるべきだろう。

ただし、規制を厳しくすればよいというものでもない。
抗がん剤やうつ病治療など、アメリカでは一般的に行なわれて、成果を挙げているもの対して、日本の薬事審査会などは遅々としてこれを認可しない。
その結果、患者は自主診療という高額な治療費を自己負担するか、金のない患者は効果が期待できても治療できないという現実もある。

特に、がん患者などは、命にかかわる問題である。
ウダウダと長い年月をかけて副作用の心配をしている間に、その治療を受けられずに何万人ものがん患者が亡くなっているのだ。
勿論、欧米人と日本人が生物学的にまったく同じとは言えないのだろうから、簡単にいく話ではないのかもしれないが、そこに「命」を助けることが出来るかもしれない薬があるのなら、座して死すよりはそれを試すチャンスを患者に与えるべきではないのだろうか。

カネボウの問題から、やや脱線したように思えるが、今回の事件で、日本の薬事審査など、薬や医療をもう少し考える契機としたいと思っている。


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posted by 8ちゃん at 17:08| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月26日

カレーのはなし



今、日本は1年で一番熱い季節を迎えている。
こう毎日暑いと、脳味噌が沸点に近づくので、あまり難しいことは考えられないのだ。
しかも、昨日は我が阪神タイガースが、大差で負けるという、不幸が重なったこともあって、不快指数は、100%を超えたのではないかと睨んでいるのだが…。

この暑さで、国民の多くは食欲をなくして、ゲッソリ夏痩せしているはずなのだが、私の周りの人間は、夏痩せどころか、見るからに暑苦しい体型をさらに巨大化しているのが不思議だ。
ひと夏の恋などを指して、「夏の日の想い出」などと言うが、彼らにとっては「夏の日の重いで」なのだ。

暑い季節の日本人は、昔から、素麺や冷麦、冷奴に、わらびもちといった、いかにも涼しげな食べ物を考えついて、エアコンのない時代も乗り切ってきた。
熱中症も(昔は日射病とか言ったような…)今ほど倒れる人はいなかったように思えるが、日本人は文明の進歩と共に、虚弱体質になってきたのだろうか。

中には、「暑い季節には、熱いもんを食うのが一番やねん。」とエラそうにのたまう御仁もいるが、「そんなん言うんやったら、鍋焼きうどん喰え!」と返すと、「残念ながら今は、売ってないねん。」と苦しい言い訳をするのである。

ところが、そんな暑い夏でも、カレーについては、人気が落ちない。
最高気温が35度を超えても、汗をかきかき、日本人はカレーを喰うのである。
見るからに、汗が出てきそうなこのメニューが夏場でも人気が落ちないのは、どういう訳なのだろうか。
まさか、カレーの成分に、習慣性のある謎の物質でも入っているのだろうか。
CoCo壱番屋の社長なら実態を知っているかもしれないのだが…。

カレーほど、単独の料理名なのに、作り方が多い料理はないだろう。
各家庭には、それぞれ独自のカレーがあり、しかも、その人にとってバツグンに旨いカレーも、他人が食うと不味かったりするのだ。
これは、カレーを通じて子供のころの思い出や母の想い出(場合によっては父の想い出やばあちゃんの想い出)が詰まっているからなのだろう。
カレーは、まさに、各家庭の伝統的文化遺産なのである。

特に、日本のカレーは、日本独自の文化の中で醸成されてきた「日本食」だ。
むかし、むかし、何とかカレーのキャッチコピーに、ターバンを巻いたインド人らしきヤツが出てきて「インド人もびっくり!」というのがあったが、日本のカレーはインドのカレーとは別ものであり、日本のカレーを喰ったインド人は、確かに「こんなん、カレーちゃうやんか!」と叫んで「びっくり!」するのである。

何でも、インドがイギリスの植民地になった関係で、カレーは、イギリス経由で日本へ来て、器用な日本人が現在のカレーに近いものを考え出したそうである。
ちなみに、カレー粉の最大手のハウス食品(シェア約60%)は、東大阪市の会社であり、2位のSB食品(約30%:東京)とグリコ(約10%:これも大阪)で日本のカレー粉市場を独占しているのである。
TPP交渉で、このカレーの独占が議題になったと言う話は聞かないが、私の記憶が正しければ、この大手3社のほかに「メタルインドカレー」というのがあったはずだ。
そこで、調べてみると、メタル食品は、2008年5月28日に破産していたことがわかった。

カレー味をベースとした食品は多岐にわたっており、定番のカレーうどんだけでなく、パスタやコロッケ、パン、スナック菓子から、最近ではカレー鍋まであるのだ。
そのうちに、カレー味の寿司とかカレー納豆なんかも出てくるのではないかと思うほど、日本人はカレーが大好きなのである。

今日は、そんなみんなが大好きなカレーを作ってみたい。
夏が旬のトマトたっぷりのカレーである。


夏に爽やか、トマトカレーの作り方

材料
@トマト
⇒ これは大量に入れたい。
その日の値段にもよるが、最低でも大きいトマトを10個くらい使うとうれしい。大きいトマトは値段も高いので、小さいものを20個くらい使ってもいいのだ。
ただし、缶詰のホールトマトはちょっと硬いのと、タネが多い場合があるので、夏の時期に比較的安いフレッシュトマトを使おう。

A鶏肉(適量)
⇒ 手羽元が一番旨いが、スプーンでは食い難いからモモ肉にしよう。ムネ肉でもよいのだが、牛肉だけはトマトの個性を殺すので禁止だ。
鶏がどうしてもアカンひとは、豚肉を使うしかないが、自分自身のモモやバラに肉が余っているからという理由でそれを使うのは避けよう。

Bバーモンドカレー(必ず辛口=4人前で5〜6ブロックくらいが目安)
⇒ハウス食品の肩を持つものではないし、味付けをこれだけに頼るわけではないが、バーモンドカレーは、各社の商品の中で、自己主張が控えめだし、フルーツや香辛料などの成分が一番充実しているように思う。
昔は西城秀樹がCMをやっていたが、彼に敬意を表してここは、秀樹に「感激」してもらおう。
Cカレー粉(缶入りとかのカレーパウダー)
Dたまねぎ(大きいのを最低5個)
E調味料とか
にんにく(5片以上、またはチューブ1本)、しょうが(ゴルフボールくらい、またはチューブ1本)、ガラムマサラ(105円くらいで売ってるもので良い)、ウスターソース、ケチャップ(ピューレでもよい)、ローリエ、鶏ガラスープの素、コンソメの素、塩、こしょう、醤油、あとはお好み次第。

作り方
@ トマトの芯を抜いて、湯煎して皮を剥く。面倒だが、皮を剥かないと味は間違いなく70%ダウンする。
皮にはリコピンが大量に含まれているので、老化が気になる人は剥いた皮を食ってもいいが、あまり旨くはない。

A 皮を剥いたトマトをミキサーにかけるか、ボールなどでズタズタに潰す。このときに大量の水分が出るが、これを捨ててはいけない。
このトマトの水分がこのカレーの生命線で、これを水代わりに使うのだ。
原則、水は使わないが、水分不足の場合は適宜、塩気の少ないトマトジュースを使ってもよい。
また、トマト1個は、2センチ角くらいで形を残す技も身につけたいものだ。

B 鶏は3〜4センチ角位に切って、フライパンで焼くが、このときに軽くこしょうを振って、おろしニンニクとカレーパウダーをふりかけるのがポイントだ。

C タマネギも油を引いたフライパンで炒めるが、みじん切り半分、くし切り半分を2回に分けて、ちょっと色がつく程度まで炒めるのが望ましい(めんどくさいという正しい意見の持ち主は、くし切りだけで良いのだ。)。

D ABCをできるだけ大きくて厚手のナベに放り込んで火をつける。

E 煮立ってきたら、鶏がらスープの素とコンソメ(2個)を入れて、その後、摩り下ろしたニンニク、しょうが、ケチャップ、カレーパウダー、その他の調味料を入れて煮込む。ただし、ウスターソースは最後に投入(好きなだけ)するほか、ガラムマサラは必須だが、塩は控えめである。

F タマネギも鶏肉も火を通してあるので、そんなに煮込まなくてもいいので、適当なタイミングで、火を止めて、カレールーを割りいれたら混ぜ溶かしてから、少し(5分くらい)煮込んで、最後に醤油をチョロっと入れたら、火を止めて30分くらい放置プレーである。 

最大のポイントは、カレーの濃度をネタネタ、ドロドロにしないで、シャバシャバくらいにすることである。
味見してみて、シャバシャバなのに、深いコクが出れば、「私は天才だ!」と叫びながら町内を駆け回っても許されるのだ。
味がちょっと物足りない時は、ケチャプとカレーパウダーとウスターソースの何かが足りないと考えると正解率は約80%だ(と思う)。

シャバシャバなので、スープみたいに飲んでもいいし、裏ワザとしては、じゃがいも(今が旬)を皮を剥かずにレンジでチンして、皮がついたまま、このカレーをかけて喰うのである。
土の匂いがするじゃがいもは、アナタを幸せの国に導いてくれるだろう。


とはいっても、各家庭にはそれぞれのカレーがあり、それが一番旨いに決まっている。
しかも、その旨さは、子供からおとなに成長した時にはじめて感じる旨さなのかも知れない。

さあ、このクソ暑い季節をトマトカレーで乗り切ろうではないか。


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ラベル:トマトカレー
posted by 8ちゃん at 16:55| Comment(14) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月24日

限界集落


山口県周南市における男女5人の連続殺人、放火事件は、付近住民だけでなく日本中に大きなショックを与えている。
山口県警は260人態勢で付近の捜索を行なっているが、重要参考人とみられる63歳の男性の消息は未だ不明のままだ。
勿論、この男性は現時点では重要な参考人であり、報道各社の犯人確定扱いの報道姿勢には問題があるが、この男性が事件の重要な部分に関与している可能性は高いのだろう。

この事件をみて、私が感じたのは事件そのものの奇怪性もそうなのだが、被害者が4世帯で僅か5名であることと、その誰もが高齢者であることである。
さらに、付近住民に防犯上の避難誘導をして、避難した住民の内容が5世帯9名なのである。

限界集落。

高知大学にいたころの大野晃教授が作り出した言葉である。
そこに暮らす住民にとっては、いかにも失礼な言葉なのだが、定義らしいことを言えば、「過疎化などで人口の50%以上が65歳以上の高齢者になって、冠婚葬祭など社会的共同生活の維持が困難になっている集落」ということらしい。

国土交通省が平成20年に実施した調査では、65歳以上が人口の過半数を占める集落は全国で7,878集落。
このうち、集落としての機能維持が困難になっているものが2,917集落である。
さらに、このうち423集落は10年以内に消滅する可能性があるという。

限界集落と言えば、山間部、離島などの交通の不便な場所を思い浮かべてしまうが、実は、都会においても老人ばかりが住む大規模団地などでこの傾向は進んでいるのだ。
大型団地などにおいて入居時期が同時期の人々が次第に高齢化して、新しく入居する人が少ないケースで、孤独死などがかなりの頻度で発生している。
また、都市化の進行によって都心地域の人口が空洞化して、高齢者世帯が都心地域に取り残されるケースもある。
都市中心部で小学校などが次々と廃校になっているような地域である。
人のつながりが薄い都心部ではかなり深刻な問題である。

限界集落のうち、山間部や離島などの状況を分析すると、昭和30年代以降の高度成長時代は、産業構造が転換し、地域間の経済格差もあって、山間部の人口は減少していく。
働く場を求めて出て行くのである。
人口が減ると、農業などの共同作業が出来にくくなり、祭りや地域の清掃なども廃れてくる。
そして、地域の寄り合いなども開催されなくなって、集落の自治、生活道路の管理、冠婚葬祭など共同体としての機能が急速に衰えてしまうのである。

ここには、就学児童など未成年者の世代がいなくなり、独居老人やその予備軍のみが残っている集落が多くなり、病身者も少なくないのだが、これらの地域では、無医地区もあり、小児科医、産婦人科医は殆どない状態だ。

この状態は、更なる若者の流出を誘引して、結果、高齢化率は上がり、学校が消え、郵便局が消え、商店が消え、交番が消え、病院が消えてしまうのである。

総務省自治行政局過疎対策室は、平成20年8月に、「過疎地域等における集落対策の推進について」という通達を出して、限界集落対策を出しているが、その内容は、集落機能の維持に焦点をあわせた内容でしかない。

集落を支援する人を組織化し、集落の問題点などを点検すると共に、居住者と話し合って、地域の実情に合致した集落の維持・活性化策を図るというものだ。

そして、集落機能の維持が困難な場合には、他の地域との統合を促進したり、場合によっては、集落自体の移転についても検討するらしい。

遅すぎないか。

過疎の問題は、昭和40年代から行政上の課題になっていた。
そして、この頃から行政が行なってきた過疎対策は、公共事業だけだったのだ。
過疎の根幹的な理由を検討することなく、山村部などにおいて、大規模な道路、河川、砂防工事、土砂崩れ対策の事業などの公共事業が次々と行われ、巨額の予算を投入してきたのである。

地域の産業育成、雇用問題、少子化対策などはこれらの大型公共事業の影にかすれてしまっていたのが実情だ。

そして、その公共事業がもたらしたのは、過疎地域の活性化ではなく、ゼネコンなどへの巨額の利益とそれにぶら下がる政治家や地域利権者の預金通帳の残高を増やしただけではなかったか。

バブルがはじけ、公共事業に湯水のように金を垂れ流せなくなった、90年代になると、補助金や公共事業の削減が、過疎を加速させ、限界集落問題が顕在化してきたのである。

過疎地域といわれる集落に生活する国民は、約1000万人である。
過去40年間で過疎地域の人口は約半減して、この数字になったのだが、この1000万人と言う数字は、国民全体の8.4%である。
しかし、この8.4%の国民が住む過疎地域の面積は、日本全体の面積の54.1%を占めるのである。
日本はここでも2極化が進行しているのである。

限界集落に対する処方箋は、なかなか出てこない。
夕張市では、過疎地域の住民の市街地への転居を当該地域に住む住民に提案している。
病院や学校のある市街地への集中化により、行政面でのフォローが行ないやすくなるのである。
一方で、地域に対する住民の愛着心や市街地への嫌悪感や不安もある。

行政の関与の方法が問われているのだ。


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posted by 8ちゃん at 10:43| Comment(9) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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