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2013年08月20日

山本美香さん

「戦場の子どもたちは、自分たちが大人になったとき、もう二度と戦争がおきないようにと願いながらくらしています。」
「そして、無知であることが、戦争への引き金になると知った彼らは、医者をめざし、法律家をめざし、電気、土木、農業などのエンジニア(技術者)をめざして学びつづけています。国の未来をつくるのは白分たちの世代だとわかっているからです。」

「平和な世界は、たゆまぬ努力をつづけなければ、あっという間に失われてしまいます。」

「これから先、平和な国づくりを実行していくのは、いま十代のみんなです。」
「世界は戦争ばかり、と悲観している時間はありません。」
「この瞬間にもまたひとつ、またふたつ……大切な命がうばわれているかもしれない…。」

「さあ、みんなの出番です。」

シリア内戦の取材中に殺されたジャーナリストの山本美香さんの言葉である。

山本さんがシリア北部のアレッポで殺されたのは昨年の8月20日であった。
アサド大統領の退任を求める反政府組織とこれに対抗する治安維持部隊、軍を交えたドロ沼の内戦の中、両派の対立が激化する中で、国連の停戦監視団さえもがたった4ヶ月で撤収したシリアにおいて、戦争の犠牲になっている子供や女性といった弱者の取材を続けていた山本さんは、死の直前まで、無差別に銃を乱射するシリア内戦の写真を、映像をそして記事を世界に発信し続けていた。

あれから1年。

シリア情勢は混沌の色を増し、内戦による犠牲者は、国連が確認できているだけで10万人を超えた。
コソボ紛争と呼ばれるユーゴスラビアの内戦での犠牲者が1万2千人、カダフィ大佐のリビア内戦での犠牲者数が5万人であることを考えると、この数字の恐ろしさが分かるだろう。

大資本の新聞社やテレビ局は、このシリアを含む紛争地の映像や写真がほしい。
しかし、そんな大会社の社員は決して危険な地域には取材に行かない。
死亡事故が発生すれば、会社が責任を負わされるからだ。
現地から生々しい写真や映像を送ってくるのは、いつもフリーランスの記者やカメラマンだ。

山本さんもシリアへ行く前はアフガニスタンを取材していた。
世界中の紛争のニュースは彼女のような命がけの取材から提供されているのだ。

私は、彼女の取材に触れるたびに、これは戦争の取材ではなく、「戦地の子供たちの取材」だと今も思っている。
それほど、彼女が命がけで撮影してきた写真や映像には戦禍に飲み込まれた子供たちが多く映し出されている。

傷ついて砂塗れになって表情をなくしている男の子。
親から離れて銃弾の下に立ちすくむ女の子。
そんな悲惨な状況下で一瞬見せる笑顔。

そんな山本さんの心の中には、いつもこんな言葉があった。
「現地の人たちが全力で怒りや悲しみをぶつけてくるのですから、同じ人間として心を大きく揺さぶられます。悔しかったり、悲しかったり、怒りの感情が生まれ、心の中にどんどん積もっていきます。……現場で感じる恐怖心を忘れないようにしたい。」

そして、彼女はいつもこう言っていた。
「外国人ジャーナリストが(戦地に)いることで、最悪の事態を防ぐことができる。」

ワシントンの北西地区、ペンシルベニア通りと6番ストリートの交わる場所にニュージアムという建物がある。
ニュージアムとは聞きなれない言葉だが、MUSEUM OF NEWS AND JOURNALISMという意味である。
ここには、戦争取材で命を落としたジャーナリスト2,246名の名前が刻まれている。
もちろん、山本さんもそこから、世界の平和を願うかのように微笑みかけている。

そんな山本さんが、生まれた日本はどうか。
今、日本と中国、日本と韓国の関係は戦後最悪の状況である。
そして、両国民の相互不信に便乗した国粋主義が、戦争を知らない世代に対し、危機感を増長させた「現在の攘夷論」とも言うべき戦争不可避論を浸透させつつあるのではないか。

山本さんは言う。
「戦争は突然起きるわけではないと、私はいつも言っています。必ず小さな芽があります。その芽を摘んでしまえばいいわけです。そうすれば戦争は起こらないわけですから。その芽を摘めるかどうかがすごく重要だと思います。」

山本さんの命日となった8月20日。
彼女が1歳の1968年8月20日は、民主化へと動き出そうとしたチェコスロバキアのプラハに、20万人のソ連軍兵士と5000を超える戦車が介入して、ソ連がチェコを制圧する事態となった日である。
しかし、チェコの国民は、粘り強く民主化を求め続け、それから25年をかけてプラハの春に花を咲かせるのである。

山本美香さんはもう帰らない。
でも、私たちには彼女が残した写真がある。
記事がある。
映像がある。

そして…。

彼女が伝えたかった真実がある。



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タグ:山本美香
posted by 8ちゃん at 15:41| Comment(9) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月09日

ナガサキ


「古く言い伝えられた世の終わりの姿というべきか、将又、地獄の形相とでも言おうか、火を逃れて山に這い登る人々の群れのむごたらしさよ。傷つける者また瀕死の友を引きずり、子は死せる親を背負い、親は冷たき子の屍を抱きしめ、必死に山を這い登る。

 皮膚は裂け、鮮血にまみれ、誰も真っ裸だ、追い迫る焔をかえり見、かえり見、何処か助かる空き地はないか、誰か救いの手を貸す知人はいぬか、口々に叫びつつ、呻きつ、息も絶え絶えに這い登る。途中ついにこときれて動かなくなる者が続出する。

 日が暮れた、冷たい新月が稲佐山の上に光った。谷間から『海行かば』の合唱が起こり、草の中から『賛美歌』の合唱が続き、命絶えようとする人々の心を潔めた。」

※永井博士(隆:長崎医科大学教授)「原子爆弾救護報告」より。


1945年8月9日、長崎市上空に飛来した3機の米軍爆撃機(B−29)のうちの一機から投下されたプルトニウム型爆弾は、一瞬にして、子供を含む非戦闘員73,884名の命を奪い、その後5年以内に14万人の命を奪ったのだ。
この当時の長崎市の人口は24万人であるから、約6割の市民を殺したのである。
勿論、この何倍もの人数の人が、白血病などにより後年その尊い命が奪われることになる。

今日8月9日はナガサキに原爆が投下された日である。
広島での原爆投下がメディアに大きく取り上げられるのに比べて、長崎への原爆投下についてその扱いが小さいと感じるのは私だけだろうか。
広島への原爆投下が先だったからだろうか。
広島の死者数が多かったからだろうか。

長崎に投下された原子爆弾は、広島に投下された爆弾の1.5倍の威力を有するものであった。
死者の数など、少しの状況の変化で大きく変わるものだし、こんな非人間的な殺人兵器での被害は、たとえ死者が一人であっても、繰り返しメディアは追い続けるべきなのである。

この長崎に投下されたプルトニウム型の原爆は、元々は、北九州市の小倉にある小倉陸軍造兵廠という軍事工場に投下する予定だった。
当日、小倉上空に霧が発生したため、急遽、長崎に投下されたのである。

人の運命とは、羽毛が風に左右されるがごとく、かくも揺れ流れるのである。
そして、小倉の市民は九死に一生を得、長崎市民は地獄の苦しみに遭遇するのである。

広島も、長崎も被爆者の高齢化が進み、現時点での被爆者の平均年齢は78.8歳である。そして、当時の様子を語り継ぐ人間も少なくなってきた。
被爆者支援法はあるものの、被爆者の認定を受けられずに、苦しみながら死んでいった者の数は計り知れない。

世界で唯一の核兵器による犠牲国である日本。
その体験を世界に発信して、世界中の核兵器根絶の先頭に立つべき日本。
その日本が今、危険な方向に向かってはいないか。

日本は、今年4月、ジュネーブでの核不拡散条約会議において、核兵器の非人道性を訴える共同声明に賛同しなかった。
世界中の70カ国が共同提案した、このアピールは、「核兵器が二度といかなる状況でも使われないことが人類生存の利益になる」という基調で綴られている。

日本がこの共同声明に署名を拒否した理由は、外務省関係者の話では、この文章の中の「いかなる状況でも」という部分の削除を求めて、これが受け入れられなかったからだ。
「いかなる状況でも」となれば、アメリカの核の傘下にある日本として、アメリカ軍の核使用を制限する表現は使えないということらしい。

アホか。

それなら、同じアメリカの核の傘下にいるデンマークやアイスランドなど北大西洋機構のメンバーは何故署名したのか。
日本政府は、アメリカによる核兵器の使用を期待しているのか。

唯一の被爆国としての日本にこの共同声明の中心になってほしいと願っていた各国は日本代表団に対する抗議デモを行なっている。
その国の数は20カ国で、デモの参加者が口々に叫ぶシュプレヒコールは、「ノーモアヒロシマ」、「ノーモアナガサキ」、「ノーモア・ヒバクシャ」であった。


今日現在、世界中にある核弾頭の数は約1万7000発。
これは、保有数が不明な中国やインド、イスラエルの数を値抜いた数字である。
そして、広島、長崎から68年が経過した現在、日本は福島で3回目の被曝をした。
そして、その復興が遅々として進まない中、安部政権は中東やアフリカに対し、原子力発電を売るのに必死なのである。

今日現在、福島第1原発にある核燃料に含まれるウラン235の量は約74トン。
これは、広島型原爆(60キログラム)の約1200倍の量である。
しかも、この核燃料に抽出液を溶かせば、プルトニウムも抽出できる。


広島が、そして長崎が、世界で唯一の被爆国となった8月。
今年の8月は、68年前の8月に似たにおいがする。



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posted by 8ちゃん at 15:32| Comment(19) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月01日

ディオバン


ノバルティスファーマというスイスに本社のある世界第2位の薬屋が売っているディオバン(商品名)という名の薬である。
このディオバンに入っているバルサルタンという薬効成分が、血圧を下げる効能もないのに、臨床データを改ざんすることで「効果がある」という嘘の論文を書かせて、爆発的に売れているというニュースが世間を騒がしている。

問題点を整理するとこんな感じだ。
@ノバルティスファーマ社が複数の大学の学者に、研究費の補助と大学への多額の寄付金を約束して、バルサルタンの臨床研究を依頼。
A臨床研究結果をまとめた学者が、バルサルタンには、脳卒中のリスクを下げるなどの薬効があるとした論文を医療専門誌に掲載。
B当該医療専門誌の内容を宣伝材料として、ノバルティスファーマ社がバルサルタンを主成分とする薬剤であるディオバンの販売を促進した結果、爆発的に売れ、同分野での国内最高シェアを獲得する。
Cその後の検証において、この臨床研究においては、バルサルタンには脳卒中のリスクを下げるという科学的根拠がないことが判明。
Dまた、この臨床研究のデータ作成にノバルティスファーマ社の社員が統計解析者として関与していた事実が判明し、データの改ざん疑惑が浮上。
Eノバルティスファーマ社が社内検証するも、データの改ざんについては確証が得られなかった旨、記者会見で発表。
※ 関与していたノ社の担当社員(S)、指示していた上司(F)の氏名も判明しているのだが、現時点では「疑惑」の段階なので、氏名は公表しないことにしよう。

とにかく、このディオバンという薬の売り上げがすごい。

日本国内では、年間約1000億円も売れており、これまでに1兆2000億円も売れたのである。
そして、この代金は、国民の財布と国民の健康保険料から出ているのである。
社会福祉予算が切り詰められる中で、効かない薬に1兆2千億円もの巨額の保険料を支払っていたとすれば、こんな腹の立つ話はない。

読者の中にも、この薬を使用している方もいるだろう。

血圧降下剤の怖さは、「怪しいから、使用をやめよう。」とはいかないところである。
使用を中止すると、元々の高血圧症状を抑えることが出来なくなり、脳溢血などが引き起こされる可能性があるのだ。

とにかく、国民が知りたいのは、バルサルタンという成分、ディオバンという薬品が、ノバルティスファーマ社が宣伝する通り、血圧を下げるのに有効なのか否かという1点である。

現在も、多くの人間が、世界中でディオバンを使用している。
そして、そのうちの多数の人間が重度の高血圧症なのである。
仮に、ディオバンに降圧効果がないのに爆発的に売れてしまったとしたら、他の薬を使っていれば防げたかもしれない脳卒中を起こしてしまった人もいただろうし、これから脳卒中になる人も出てくる可能性が高いのである。

この薬品の薬効に疑問符がついた今、すぐに実施すべきは効能の検証である。
ところが、このような薬効の検証に関して、日本にはそれを専門に行なう組織はないのだ。

アメリカには、研究公正局(ORI)という組織があって、研究不正に関して強制調査権を持って、調査を行なっているが、日本にはそんな第三者的な調査機関がないのである。
研究論文が捏造されたのであれば、大学や学会がその信頼性を確保するために調査すべきなのだが、強制捜査権をもたない大学や学会の調査には限界があるし、学者や元社員など関係者がすべて退職している現状においては、さらに調査は困難である。

組織的にデータを改ざんして、患者や医者を騙したのであれば、「他人を欺罔し錯誤に陥れさせ、財物を交付させた」のだから、詐欺罪で立件できそうなのだが、そこまでの証拠はないし、仮に立件しようとしても警察や検察にとって、これら医学研究の分野は高度に専門的で、彼らの頭ではついていけないのである。

日本でもORIのような学術分野の捜査機関を作るべきではないのか。
もちろん、警察や文科省の役人の天下り先のようなものではなく、実務的に研究不正などを捜査する機関である。
そして、このような不正な臨床研究結果の改ざんなどは、明確に「犯罪」として取り扱うべきなのである。

「薬」という生命に直結するテーマだけに、この事件を契機とした真摯な議論が望まれるのである。


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posted by 8ちゃん at 14:30| Comment(7) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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